先日、五月晴れの日。我が家が代々ご先祖様から受け継いできた持ち山まで、山菜を採りに行ってきました。
父の案内で、「どこに、何が生えているのか教えておく」と言われて子供たちと。
山、と一言で言っても、私が子供の頃には、父は山の斜面に平地を何枚も作り、田畑として耕していました。いわゆる兼業農家、というやつですね。今はもう、トラクターさえ打っていない、登記簿でも農地ではない、休耕地。その変化を、父はきっと寂しく思っているのだろうとも思います。時代の変化は頭ではわかっていても、なかなか心は別物ですもんね。
そんな父にとっては慣れ親しんだ山。ここには山椒の木、ここにはアズキナが多い、ワラビをとるならここ、三つ葉はこっち。ウドはこことここと、そしてあそこ。
父がここで農業をしていた数十年前も、また、今も変わらず、毎年、同じ場所に同じ植物は生え、四季の中で、普遍性を思わせる営みが繰り返されている。
溜め息が出るほど、素晴らしい。
お父さん、ありがとう。
子供達にも覚えていてほしい。
摘んだ瞬間にふわりと鼻に舞う山椒の芽の香り、
山梨の白い花が日差しを浴びて輝く美しさ、
自生する三つ葉のつややかさ、
そして、何より父が守っていたこの山に、
「ええ風が吹く」
ただ、そのことを。
外出自粛、休校措置。
ストレスが飽和状態という声を耳にします。
田舎というのは本当にありがたいと思うと同時に、今回山の散策を通じて思ったのは、自分の人生よりもはるかに長い時の流れの中に包まれているのだと実感するような体験の大切さです。
ストレスや不安、恐怖がスッとほどけていくような不思議な感覚だったんですよ。
あなたにも、「ええ風が吹く」ことを感じる瞬間がありますように。